恋愛について思うこと

何年経っても

 この街の景色は、どんどん変わっていくのに、自分だけが変わらないような錯覚に陥ることが、よくあります。もう、学ランを着て、自転車漕いでた頃から、10年以上経っているのに。

 思い出すことが多いと、それだけで気分が悪くなります。目の前の公園のベンチが、あの頃のままだったりすると、とても、とても、気分が悪くなります。思い出したいくせに、思い出すことに対する嫌悪感を拭えず、出口の見つからない迷路に迷い込んだように、モヤモヤを溜め込んでいきます。

 10年ひと昔。もう、昔のことになってしまいました。それでも、色褪せることなくフラッシュバックしてくるのは、変なところで記憶力がよすぎるからでしょうか。試験のための知識は覚えられないのに。

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雨が降り出しました

 彼女が飛行機で関空を飛び立つ頃、雨がポツリ、ポツリと降り始めました。

 気がつけば、もうこんな時間。とりあえず、お勉強を始めなきゃ、と思いつつも、今夜は余韻に浸っていたいのかもしれません。
 本当に晴れ女だなぁ、と思います。これは偶然なのかもしれませんが、これまで付き合った女の子とデートで雨が降った、という記憶は、実はほとんどないんです。今夜も、彼女が関空の大地を飛び立った頃に雨…。きっと、晴れ女が好きなんですね♪。

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東京タワーがテレビに映ると…

 もう、東京でサラリーマンしていたのが2年半近く前になりました。
 今日、テレビを点けると、夜の東京タワーをバックにUAが歌っていました。もう、あんまり東京でのことを思い出してばかりいた頃は過ぎ、時々、こうして何かのきっかけで、いろんなことが溢れ出してくるんです。
 東京タワーは、会社を辞めることになって、最後に仲のよかった同僚さんたちと行ったのを思い出すスポットですね。関東で生活していたはずなのに、関東の名所といわれるところにはほとんど出かけた記憶がありません。最初の東京観光は、実は退職して大阪に帰る前に連れていってもらった東京タワーなのかもしれません。

 いろんなことがあった3年間でした。生まれて初めての関東圏での生活。でも、関西人にしては珍しく、関東に嫌悪感も対抗意識もありません。むしろ、もう一度、東京で仕事がしたい、と思ってたりします。唯一、向こうで生活してて、「関東はなぁ…」と思ったことは、お金を出さないと、なかなか美味しいものを食べられなかったことくらいでしょうか。
 生まれも育ちも関西人ですが、巨人ファンですし、うどんよりそばが好きです。そういう意味では、もともと関東への適合性は高かったのかもしれませんね。

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昨日も書きましたが

 今、テレビ朝日でミュージックステーションをやっています。今日は、「あなたが選ぶ春うた」の特集らしいです。
 普段はめったに音楽番組は(というかTV自体、競馬中継とサスペンス以外は)ほとんど見ないんですが、懐かしい曲がかかるかなぁ、と思ってつけています。想い出達に囲まれて生きることは、すごく楽なことで、懐かしい曲が聞こえてくると、そのときのことが、まるでついさっきのことのように浮かんできます。音楽のすごさを思い知る瞬間ですね。
 でも、時間は確実に過ぎ去っていて、自分だけが置いてけぼりになった気がします。実は、みんなそんな感じなんだなぁ、ということは、わかっています(というか、こういう感覚を持たない人間は、あまり深くは付き合いたくないです。)。それでも、やはり、今ここにいる自分は独りぼっちで…。

 今日は、なんだかすごく感傷的な気分なんです。普段からオセンチな自分に飽き飽きしているのに、春はそれを増幅させるから嫌いなんだと思います。それでも、いろんなことを思い出すと、その景色は春のことが多いです。きっと、だから春が嫌いなんですね。
 左手の薬指につけたペアリングは、きっとそういうものへの自分なりの反抗なんだと思います。中学から大学に入るまで、ずっとマイペースにやってきました。そこでは、何も変わる必要はないと思っていました。ずっと、世界で一番、隣にいて欲しい女性がいてくれたから、今のままでいいんだ、と思っていました。けど、本当は、時間が過ぎていくにつれて、自然に変わっていかなければならなかったのに。そのことに気づいたのは、本当に最近の話です。今になって、彼女が告げた、「貴方は私のコンプレックスだった」という言葉の意味がわかります。
 今、また、隣にいたいと言ってくれる女性がいて、それはすごく嬉しいことなのかもしれないなぁ、と思います。でも、どこか、その女性に甘えている気がして、今のままじゃいけないなぁ、とも思います。ただ、少しずつでも変わっていくことを覚えた自分は、きっと今までの自分ではありません。だから、何となく、ずっと上手くやっていけそうな気がしています。
 前の彼女みたいに美人さんではないし、ずっと想い続けていた彼女のように全てを許してくれそうなわけでもありません。でも、これから刻んでいく時間を、ずっと隣にいて、そして、決して私の時計の針を止めない女性だと思います。
 ずっと探していたなんて、きっと嘘です。交通事故みたいに、それは突然訪れるんです。でも、その交通事故の後遺症を一生引きずってしまうくらい、大きな、大きな事故だっただけです。そして、少しずつでも一緒に前に進んでいけそうな気がしています。

 今、尾崎豊の「卒業」がかかりました。ほんの数秒ですが。
 私は、ずっと尾崎豊が大好きです。彼が死んだ頃に初めてCDを手にしたので、コアなファンというわけではありませんが、ただ、彼の生き方にものすごく共感が持てます。薬に溺れてしまったことは、非常に残念でなりません。
 彼の死の真相は闇の中ですが、ただ、一瞬に全てをぶつけると、長くは生きていけないんだなぁ、と思います。

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雨上がりの匂い

 朝から降り続いていた雨が、止んだ。空も少し明るくなってきたので、コンビニまでお買い物。外に出ると、暖かい春の空気が体を包み込んだ。そして、家の前のアスファルトで舗装された道路に出る。
 まだ、夏というにはあまりにも早すぎる。桜だってまだ咲いてもいない。でも、そこには確かに夏の匂いがした。夕立の後の、あの匂いだ。
 一瞬にして、記憶が10年以上も遡っていく。20歳の頃の自分と19歳の彼女の姿が、雨上がりの匂いの中で、フラッシュバックする。

 時間が経てば、人の記憶はどんどん曖昧になっていくのに、ふとしたきっかけで、10年も前のことが、まるでついさっきのことのように鮮明に思い出される。
 思えば、何年もの間、幻の中を彷徨い続けていたんだなぁ、と思う。
 時間が止まってしまう、という感覚は、体験した人にしかわからない。性格的にそういうことを感じない人もいると思う。しかし、紛れもなく自分の時間は止まっていたのだ。
 目の前で起こるさまざまな出来事が、全て別世界の出来事のように感じていた。まるで、映画のワンシーンを見ているような感じだった。彼女に別れを告げられた日からずっと。
 再び時間が動き始めるまでに、何年かかっただろう。
 そう思えば、今、2度目の学生生活を送っていることは、将来の夢への投資とともに、ぽっかりと空白になった時間を埋め合わせる作業もかねているのかもしれない。そして、その空白の時間を共に過ごしたくれた人と、今、その空白を一緒に埋めていきたいと思えたのは、きっと自分の時計の針が、再び動き出したことの証明だとも思う。

 春休み。実家に戻ると、あの頃と何も変わっていない部屋で眠ることが、まだ、少し怖い。でも、もう、彼女の夢も見なくなった。毎晩のように繰り返し見ていた、楽しかった彼女と過ごした時間の夢と、起きたときに思い知らされる現実世界の往復から、開放されたのだ、と思う。
 人は、弱いというかも知れない。強くなりたい、と思う。けれども、今の自分をどんなに自分の外へと追いやってみても、自分は自分なのだから、急がず、焦らず、少しずつ、前に進んでいこう、強くなっていこう、と思う。
 もう一度一緒にいられる時間をくれた神様に感謝して。

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明日から南の島です

 何というか、南の島で、のんびり勉強しながら心と体を癒したいと思います。
 今夜中には、明日の基礎データをアップしたいです。けれども、今日は補講のため、昼から大学へ行かなければならないので、ひょっとすると遅くなるかもしれません。

 暖かいところで、暖かい時間を過ごせば、また頑張る気になるはずです。
 試験まで1年半を切っていることも考えれば、遊んでいる場合ではない、とも思い、教科書類をゆうパックで送りました。しっかり勉強します。

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別れた彼女の花嫁姿 

 昨日は、学部時代に付き合っていた女の子の結婚式の2次会にお呼ばれでした。
 結婚式は慶事だから、華やかな感じですごくよかったです。会社員時代は、人事部にいたことから、弔事(主にお葬式、お通夜)に参列することが多かったのですが、意外にも結婚式関係は、これで生まれてから4度目です。

 結婚式と披露宴も招待されていたのですが、さすがに別れた彼女の結婚式や披露宴に参加する気にはなれず、かといって彼女からのたっての要望で、何らかの形で参加しなければならず、結果として2次会のみの参加とさせていただいたのでした。
 ウエディングドレス姿の彼女は、キラキラと輝いていました。女の子が、誰しもウエディングドレスに憧れるという気持ちが、よくわかりました。旦那さんも、優しそうな方で、2人が幸せのスポットライトを一身に浴びる姿に、なんだかこちらも幸せな気分になれました。

 幼馴染と彼女は、高校で同級生だったこともあり、彼も招待されていたらしく、当日の昼間に電話がかかってきました。
 で、2次会もお開きになり、新郎新婦がお見送りに立ったときの出来事。
 新郎に自分の招待した人を紹介する彼女。幼馴染を紹介するときは、
「○○くん」
と下の名前で紹介。どうやら6年ぶりくらいの再会だったようです。
 次に自分を紹介してくれたときは、
「○○さん」
と苗字で紹介。チクッと何かが刺さりました。彼女が苗字を呼んだのなんて、何年ぶりかなぁ、などと、少し感傷的になってみたり。追い討ちをかけるように、
「独身の間に飲みに行かれへんかったなぁ」
と一言。返す言葉も見つからず、
「俺はまだまだ独身なんやけどなぁ…」
というのが精一杯。

 未練などあろうはずもないのですが、やはり自分の隣にいた女の子の花嫁姿は、精神衛生上はあまりよくないのかもしれません。帰る道すがら、懐かしい実家のそばの景色をぼんやり眺めると、学部時代のいろんなことを思い出して、すごくザラザラとした気持ちになりました。
 実家にいたくないのは、こういう気持ちになりたくないからなんだなぁ、と改めて実感。

 人は、過去を捨てることができないのです。そのことは充分に理解してはいるのですが、許されるならば、新しい土地に行き、新しい自分として生まれ変わったように生きたい、と思うことがよくあります。
 なまじ記憶力がよいせいで、ほんの日常の些細なものを鮮明に記憶していたりして、そして、振り返りたくない過去が、ひょんなきっかけで急に甦ったりするのです。もっと強くならないといけない、と思うのですが、一朝一夕になせるものではなく、それまでに自分が押しつぶされてしまわないように、逃げることも決して間違えてはいないはず、と信じたいのでした。

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春・言葉・変化

 「春は出会いと別れの季節」
 使い古されたこの言葉に、疑問を禁じえない自分がいる。春をイメージすると、別れのイメージしか湧かない。どうしてだろう、と考えてみても、答えは見つからない。きっと、衝撃は出会いよりも別れの方が、ずっと強いからだろう、と思う。
 今、また、春を迎えようとしている。列車に乗れば、心なしか、人々の顔が明るい。景気が回復傾向にあるからなのかもしれないが、それだけで語り尽くせぬ明るさが、中に包まれているに違いない、と思う。
 最近は、「のんびりやろう」と自分に言い聞かせることにしている。
 焦っても、焦っても、何かがドラスティックに変わるわけではない。また、何かが変わるということは、プラスもマイナスもある。結果がどうなるかなど、誰にもわからないものなのだろうと思う。とすれば、大切なのは、結果がどうなるかではなく、変わろうとしたことなのではないか、と思う。

 「人は、変わろうと思ったときに、もう変われたんだと思います」
 好きな言葉の1つ。
 くだらない論理に囚われることには意味がない。求めるものがそういった論理の及ばぬ世界にあるからだ。
 感覚を大事に生きてきた。そして、それはこれからも変わらないだろう。論理は必要最低限のところだけあればいい。ゆっくりとでも、自分自身を納得させながら生きていこう。変わることに意味があるのではなく、変わろうとすることに意味があると信じたいから。

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春一番・夕焼け・同じ空の下

 昨日、電車の窓から景色を見た、そのときの素朴な気持ち。すぐにアップしようと試みたんですが、携帯からは上手くアップできなかったので、今日のアップになってしまいました。

 夕焼けが、とてもキレイです。電車の窓に流れる景色。一瞬にして目を奪われました。朝から春一番が吹き、嵐の1日だったはずなのに、真っ赤な、真っ赤な夕焼けです。黒いキャンパスに、濃い鮮やかな朱色を落としたような西の空。
 忙しい毎日に溺れそうになっているときに、ふとした瞬間、それまでの疲れが吹き飛ばされるような場面に出逢ったら、なんだか嬉しくなってしまいます。
 もうすぐ6時だけれど、まだ明るい西の空を見ていると、春の足音が、すぐそこに聞こえるみたいです。
 こんな景色を、自分の一番大事な人と一緒に見たい。最近、つとにそう思います。
 空が、どこまでもつながっていることに、少しだけ「ありがとう」と思いました。

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想い出の街並み

 今日は、久しぶりに実家に帰ってきました。
 京阪電車に乗って、淀屋橋で降り、一度地上に上がりました。目的は、春休みのエクスターンシップの受け入れ先の場所の確認と一服。
 夕闇迫る街並みに、どこか春の匂いを感じました。心なしか、歩いている人の顔も明るくなっているような気がします。
 社会人から離脱して早2年。自分は一生懸命頑張っているか、と自分に改めて問いかけてみました。それなりに頑張ってはいるけど、もっと頑張れそうな気もします。春休みといっても気を引き締めて頑張らなければ…。

 そして、地下鉄に乗って実家の最寄り駅へ。
 自分は、この街が嫌いです。この街というより、大学の最寄駅から実家の最寄り駅までのルートが全部嫌いです。電車に乗ったときから、嫌なことをいっぱい思い出してしまうので。できれば学部時代のことをいろいろ思い出す場所は回避したい、と思うことがよくあります。
 最近、大阪方面へ出かけるときは、極力、阪急電車を利用するようにしているのも、実はそういうことがあるからなのかもしれません。
 3つのときから育った街。大学を卒業して、社会人になるまで育った街。楽しいこともいっぱいあったはずなのに、思い出すのが辛いことばかりなのは、きっと前向きさが足りないせいなんだろうなぁ、と思います。

 でも、楽しかったこともいっぱいあったわけで、できれば楽しかったことを思い出せるようになりたい、とも思います。

 自分が好きだと思う相手は、実は一緒に堕ちれる人か、自分の尻を叩いて頑張れと言ってくれる人かのどちらかなんだなぁ、と最近、気付きました。
 一緒に堕ちれる人は、一緒にいて本当に居心地がいい。でも、長く一緒にいると、いろんなものが見えなくなってしまう。そして、そのことにどちらかが気付いたときに、関係が終わってしまうんです。
 自分の尻を叩いて頑張れと言ってくれる人は、一緒にいると面倒なときも結構あるんですが、それでも頑張らなきゃ、と自分が思っている間は一緒にいられます。けど、頑張る気がなくなってしまうと、一緒にいることから逃げたくなってしまい、関係が終わってしまうんです。
 どちらを選んでも結果的に終わりのイメージしかできないあたりが、やっぱり後ろ向き全開ですね。どちらを選んでも、明るい未来が描けるように、前向きに生きていくのが、最近の目標です。

 想い出の街並みに囲まれても、楽しかった想い出を彼女に聞かせられるような人間になりたいと思います。

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雪の降らない東京へ

 毎日声を聞きたい、と思ったり、一緒に歩くなら手をつなぎたい、と思ったり、自分は結構めんどくさい人間だなぁ、と思います。でも、そういう気持ちを大切にしたいと思うのも、また事実。

 東京にいた頃、前の彼女とよくデートしていた時期が、今年もまた、やってきました。そういえば、江ノ島に行ったり、日光東照宮へ行ったり、一緒に食事に行ったり。楽しかったなぁ、と今でも思います。去年の今頃は、結構、ナイーヴになってたけど、何故か今年は少しだけ気持ちが軽いです。
 あれから2年。時間が過ぎ去るスピードに、はっきり言って驚いています。少しでも成長してるのか、と自分自身に問いかけている今日この頃。少しずつでも前に進まなきゃ、と思っています。

 今年は、東京でまだ雪が降っていないらしいです。温暖化なんですかね。花粉症のニュースは、関西であまり流れないんですが、今年の関東の花粉はどんな感じなんでしょうかね。暖冬というと、何となくいっぱい花粉が飛んでそうですが。

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花粉の季節

 久しぶりにテレビでニュースをチェック。
 天気予報を見ると、花粉の飛散量の話が。何となく懐かしくなってしまいました。東京には花粉症の方が多かったですが、関西地方には少ない気がします。結構、山はあるんですが。埼京線に乗っていると、花粉の季節はマスクをしている人が非常に多かったのを、鮮明に思い出してしまいました。
 そういえば、以前に花粉症と診断されたことがあるんですが、翌年以降は花粉症が出なくなったんでした。また、その内、花粉症になってしまうかもしれませんね。京都はいわゆる北山杉のために結構、花粉症の方は辛いらしいです。

 最近、何だかイライラ続きです。試験中だったせいもありますが、何となく焦ってばっかり。とにかく落ち着いて、じっくりと、のんびりと頑張りたいものです。いろいろ嫌な思いさせてる方、ごめんなさいね。少しだけ優しい気持ちで大目に見てやってください。
 兎にも角にも試験が終わったし、今日は1日休んで、明日からは、のほほーんと追試に向けて勉強します。

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固化した時間と心

 ほんの小さな願い。
 自分の本が、彼女の本棚に並んでいるだけで、嬉しい。
 何て馬鹿らしい。そう思う。それでも、何故だか嬉しい。
 できることなら、このままずっと。そして、何十年かして、ふと、本棚を整理していたときにでも見つけて、短かったけれども、確かにあった「時間」を、少しだけ思い出してもらえれば、それでいい。

 時間は人を癒すというが、癒されることに臆病になってしまうことがある。固化した時間が心の中で解けるまでに、あとどれくらいの時間がかかるだろうか。

 試験が終わったら、南の島へ行こう。

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自分自身の純化

 いろいろ、考えてしまう今日この頃。気が付けば、読んでいる本を開いたままボーっとしていることが多い。今日は、休講のため自宅でお勉強。でも、気付けば本を読むのを止めている。

 自分自身の中に、いっぱい、ぐちゃぐちゃとしたものがあるのがわかる。それは、まさに混沌としていて、そのままでは自分で整理ができない。そこで、共通する部分を括り出して、1つの純粋な形として文章にする。これを繰り返すと、何となく自分自身の中で何が対立しているのかが見えてくる。その中では何人もの自分が話し合っている。文章を書いている時間が、今の自分の精神安定剤になっているということに気付く。

 そうやって、括り出した自分自身は、純粋に1つのことだけでできていて、その文章はキレイだとは思う。でも、薄っぺらい。それを何度か繰り返す内に、自分自身を形作るパーツが見えてきて、全体像が見えてこないか、と思う。そんなことを考えていると、また、陰鬱としてくる。いかんいかん。
 気を取り直して、他のことを考えてみる。
 でも、すぐにここに戻ってきてしまう。

 最近、飲む量が増えたと思う。ここ1年は、飲む量がガクンと減っていたのに。
 夜になると、勉強していても集中できず、何か、イライラとしている。そのイライラを抑えるために、飲んで文章を書く。そして、疲れたら眠る。これの繰り返し。
 試験まで2週間を切ったというのに、集中力がないなんて、どういうことだ、と自分を叱咤し、朝から教科書を開いてみる。それでもやはり集中できない。

 でも、このイライラが気持ちいいというのも何となくわかってきた。楽だということもわかってきた。ここから抜け出すために、何か頑張ってみなきゃなぁ、と思う。

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試験前なのに…

 他人に自分をわかってもらおうなどということは、思わない。たった1人だけ、自分が「この人!!」と思う相手にだけわかってもらえればそれでいい。

 そう信じるのは、あまりに幼いのかもしれないと思う。でも、他人を信じられない人間は、他人から信じてもらうことに、ある種の恐怖を覚えている ということをわかってもらいたい、とも思う。自分が「この人!!」と思わないのに、いきなり心を開かれても、どうしていいのかわからなくなる。
 一生懸命それに応えることは、瞬間的には決して難しいことではないけれど、それを続けることは、めちゃくちゃ大変なことだということも知っている。自分が心を開かないのに、と申し訳ない気持ちになることもしばしば。
 そういう面は、自分が高校生の頃から全くといって成長してないなぁ、と実感する今日この頃。「今年こそは!!」と毎年、お正月には思ってはみるけれど、気付くと同じ場所に戻ってきているのは、きっとこの場所が一番楽だからだろう。

 ちょっと前に、
「そんなにいつも陰鬱としてたら、(私だったら)生きていけない。」
と言われた。でも、もう10年以上、こうして独りの時間には陰鬱としたことを考えている。元来、人間関係は苦手な方で、他人といるときは、どんな ときでも「キャラ作り」をしている。誰もそんなことを期待していないことを百も承知で、それでも自己満足のために「キャラ作り」をしている。自分自身に一 定の距離以上に近づかれることに、自分自身から一定の距離以上に離れられることに、極端に怯えている。
 その反動を、自分の彼女が甘受してくれていたことも最近わかってきた(遅すぎるけど)。自分自身ではマゾヒスティックなつもりでいるけれども、よくよく考えてみると、天性のサディストなのかもしれない。まぁ、自分が快感を得るわけではないので、サディストとは違うか。

 試験前、こんなくだらないことをうにゃうにゃと考えている暇なんてあるはずはないのに、気がついたら教科書を読むのを止めている。何があったわ けでもないのに、なんでだろうと思う。でも、文字を目で追いかけても、全く頭に入ってこない。こんな日は、ゆっくり寝ればいいのに、そんなときに限って眠 気は微塵もない。
 夢の世界への切符を買うために、グラスに焼酎を注ぐ。悪循環。アルコールで睡魔に襲われるためには、二日酔いを覚悟しなければならない。

 明日は午後からだし、今夜は少し、のんびり飲もう。夢の世界の切符を手にするまで。

 ブログにアップしたつもりで誤ってミクシィにアップ…。何をやってんだか。

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冬は独り身に厳しい季節

 寒い夜は、誰かの隣で眠りたいと思います。独り寝の夜、冷え切った寝床に潜り込むと、淋しさを隠しきれません。

 歴代の彼女を思い出すと、カラオケでやたらと今井美樹の「プライド」を歌う人が多いということに、少しだけ驚いています。でも、そういう方でないと、自分を受け止めきれないんだ、ということも、実感しています。

 テキトーでわがままな奴なのに、一生懸命、一緒にいてくれようととする人に、ホントに感謝したいと思います。決して他意はなく、純粋に感謝しています。「好き」とかいうのは、後からついてくるものです。一緒にいて、同じ空気を吸って、同じ話題で盛り上がって…。こうやって、人間関係が深まっていく中で、そういう感情が生まれてくるのではないでしょうか。ただ、同じ時間を違和感なく過ごせれば、好きになるのに何も制約はないのだと思います。
 今夜もこんな時間。競馬で勝ってしまったせいで、エビスビールを6缶パックを空けてしまいました。まだ、お正月気分が抜けませんが、明日からは日常へと回帰せねばなりません。とりあえず、準備はできる限り尽くしておきましたし、頑張ります。

 想い出の中で生きることは、とても心地がよくて、ともすれば閉じこもってしまいがちですが、少しだけ勇気を出して、外の世界を違った視点から見てみることも、決して悪くないと思います。こんな気持ちにさせてくれた貴女に感謝して、6本目、本日ラストのビールを空けてみます。
 春や夏のように、前向きな季節は好きじゃないです。秋と冬が好きです。寒いのは嫌いなのですが、どうしても淋れゆく街や景色を見つめている方が性に合ってるいるみたいです。ただ、少しずつですが、前向きに生きいけるようになってきたのも実感しています。その内、きっと春が好き、と言えるようになれると信じます。全ての命が息吹くような季節。芸術家の方が、春をテーマに作品を創る気持ちが、今なら少しだけわかる気がします。大切なことは、同じ空気を吸い、同じものを食べ、同じ話題で話し、それでも愛しいと思えるかだと思います。それが理解できたとき、また、少しだけ前に進めそうです。

 想い出の殻に閉じこもって生きていくのも、決して悪くない。一生をそれで終えても、何も悔いることはない、とも思う。一方で、バーチャルな世界を軽蔑する自分自身がいる。
 自分自身の中にある混沌の中から、自分なりの答えを見つけていきたいと思う。

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自分自身との戦い

 普通の人が何も思わないことでも、ひどく傷つくことがある。
 普通の人がひどく傷つくことでも、何も思わないことがある。
 ずっと、そう思って生きてた。何度も、何度も。でも、普通に楽しく笑っていたいし、普通に傷ついて、誰かに相談したいことも多い。
 何が普通かなんて、大して意味はない。

 彼女というポジションの人に、ひどく依存している自分自身に気づいたときに、そこから抜け出そうと思って、一生懸命もがいていた記憶が甦ってくる。別に、依存してもいいんだ、と思えたときの安心感に、驚いた。でも、バランスが大切だと思う。

 元来、人間関係は苦手な方で、どちらかと言えば、一生懸命に相手が望むと自分が思う人物を演じていた。彼女と共有する時間だけは、そういうことから逃れたかったというのが、本当のところかもしれないと、最近、思う。
 「演じる」という言葉を誤解されては困る。
 決して嘘をついているわけではない。一緒にいる人が楽しいと思えることが、自分自身の楽しみでもあった。ただ、自分が思う相手が望む人物像を誤解していただけだ。
 卒業後10年目にして初の中学校の同窓会にいったとき、
「相変わらずマイペースや。」
と言われた。マイペース…。どこが??と思った。こんなに演じていているのに。でも、自分が思う相手が望む人物像など、何も意味はない、と気づけたとき、少しだけ強くなれた気がした。何も飾らないでいいし、何も強がらないでいい。ただ、あるがままの自分でいればそれでいい。そう思えたときに、少しだけ人に優しくなれた気がした。

 人はそんなに簡単には変われないし変わらない。けれども、毎日少しずつ変わっていくのもまた事実。共有する時間のないままに長い時間が流れると、ところどころに変化したところが見え隠れする。きちんと時間が流れた人ならば。
 一生懸命、頑張ろうと思う。

 人を傷つけることが怖いとは思わなくなった。
 人に傷つけられることが怖いとは思わなくなった。
 でも、まだ、思い切って飛び込んでいけないのは、きっといろんなことを怖いと思っていた頃の名残だと思いたい。

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冬の空と煙草の煙

 冬空の下、近所の公園まで散歩してみる。懐かしい日時計にもたれかかって、煙草を一服。フゥッと吐き出した煙が、冷たい風に流されて消えていく。

 居心地がいいことに慣れていない人間は、自分が幸せな方へ進もうとすることに対して、ある種の嫌悪感と、ある種の恐怖感とに包まれる。このまま溺れていっていいのか、と不安になる。飛び込むことに躊躇する。
 本当は、溺れるのではなく、前向きに進むことだとわかっている。けれども、未知の世界へと足を踏み入れることに躊躇いを禁じえない。
 できることなら自分の逃げ道を残しておきたいと思う。それが他人を傷つけるということを百も承知の上で、そう思う。ずっと同じことの繰り返し。自分自身の逃げ道を残すことで、他人を傷つけ続けてきた。全てを抱えての一歩目。これがなかなか踏み出せない。一歩目が進めれば、その後は突っ走っていけることを知っているだけに、余計にその一歩目を踏み出せない。

 情けない、と自分でも思う。けれども、それでも許してくれそうだから、甘えてしまう。甘えることは、傷つけることだと、何度も何度も体験してきたはずなのに。

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箱根駅伝を観戦して感じたこと

 昨日、今日と、毎年恒例の箱根駅伝を観戦。
 特に今日は復路で、東京近辺に近づくにつれて、いろいろ懐かし風景が思い出されてきます。京急蒲田の踏み切りとか、よく車で通ったよなぁ、とか思いながら、のんびりTV中継を見ていました。
 やっぱり今でも東京の景色がTVに映ると、少し胸が苦しいです。

 それはさておき、元来、人間関係は苦手な方でして、タスキに駆けた人間ドラマ、みたいなのを見ると、正直、羨ましいなぁ、と思います。
 ここまで28年間生きてきて、いろいろありましたが、あんな風に人を信じてタスキを繋ぐとかいうのは、本当に羨ましい。人を信じるということが、なかなかできなくなってしまっている自分に気づきます。いつものように笑っていても、いつものように話していても、心の底から信頼しきっているなんて感覚、もう何年もない気がします。確かに、みんな自分自身が可愛いし、辛いことは避けて通りたい。できることならくだらない、当たり障りのないことを言って時間を過ごしていきたいと思う。けど、そんな乾いた世界は少し淋しいのかな、と思う今日この頃です。
 一緒に笑って、一緒に泣いて、あんな風に過ごしていく時間の使い方を若いうちにできるというのは、何事にも代えがたい経験なんだろうと思います。今更ながらに、体育会系の人間を会社の採用担当者が高評価する意味がよくわかります。

 大切なのは、勝った、負けたではなく、頑張ったことだ、というと、キレイ事に聞こえます。でも、本当はそんなことはなくて、勝ち負けは後から付いてくる結果に過ぎないのだということこそが、真理なのかもしれない、とも思います。確かに勝つほうが負けるよりいいとは思うけど、勝つことが全てなわけでは決してない、ということですね。昨今、世知辛い中で生きているので、こういう感覚を忘れがちですが、これこそが大切なものなのかもしれない、と思うのでした。理屈で考えてばかりいると、なかなか辿り着けない真理というものが、一杯あるのだろうと思います。
 いろんなことに勇気を出して取り組んでみないと、なかなか辿り着けない地点なのかも知れません。とにかく、今年はいろいろ頑張ってみようと思うのでした。

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今年最後の更新

 明日から実家に帰省するので、おそらくしばらく更新できません。だから、きっとこれが今年最後の更新になるはずです。
 何だかんだ言って、今年もいろいろありました。年をとる毎に時間の過ぎ去るスピードを実感します。あっという間に2006年もおしまいです。

 時間というのは、誰にも分け隔てなく、1日は24時間、1週間は7日、1年は365日。けれども、体感速度は人によって、場合によって、ぜんぜん違うなぁ、と思います。原付バイクに乗って60キロで走るのと、自動車で60キロで走るのとでは、まったく違うのと一緒です。客観的な量は同じでも、感じ方が違うというのは、何となく神秘的ですよね。
 好きな女の子と一緒にいる時間は、それが客観的にどれだけ長くても、振り返ると一瞬だということもあるし、ほんの少しの間がものすごく長く感じることもあります。別れ話をしてるときとか、喧嘩してるときとかの時間の長さはビックリしますよね。その一方で、誕生日とか、クリスマスって、終わってみるとあっという間です。でも、きちんと時計の針は1分を60秒で、1時間を60分で、1日を24時間で刻んでいるんです。でも、そういう感じ方を大事にしたい。今、このときに全部ぶつけていくような生き方をしたいと、ずっと思っています。
 自分自身にだけは、正直でいたい。好きなものは好きと、嫌いなものは嫌いという生き方をしたい。シガラミもあるし、はったりをかまさないといけないときもあるというのは知ってます。でも、一緒にいる相手を選ぶときだけは、そうありたいと思っています。これは、たぶん高校生くらいから変わらない姿勢だと思います。
 何度も、何度も振られたし、何度も、何度も、傷つけて、泣いてる彼女を見てきました。悪いとわかっていても、言わないといけないときもある。哀しいと思っても受け入れないといけないときもある。知ってます。それでも頑張ろう、と思います。立ち止まるのはもう飽きましたし。とりあえず、頑張ってみます。

 以上、2006年を振り返って思うことでした。

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ホントのところ

 在りのままの自分自身を文章にするのは、ホントに難しい。頭の中に出来上がっているイメージを文章にすると、いつもどこかが欠けている。
 今夜は飲みすぎてると思う。でも、このまま寝てしまうのは、何となく勿体なくて、こうして書いてみる。酔っ払いとは言え、せっかくいろいろ考えたのに、何も書かずに眠ってしまうと明日にはこの気持ちを忘れそうだから。
 面白い文章を書くつもりもないし、キレイな文章を書くつもりもない。ラブレターを書くときのように、何度も、何度も読み返して、言葉を選んで書いているわけでもない。ただ、垂れ流しているだけ。けど、こうして文字を書くことで、少しだけ自分と自分の対話に結論を見出せるのならば、それはそれでいいや、と思っている。

 一昨日、「あんたは過去ばかり見てる」と言われた。
 そうだと思う。もう21歳の頃からずっと止まっていた時間。こればっかりは動かそうと思っても動かせるものではない。逆に、動くなと思っても時間は動いていく。昔々、5年止まっていた時間。これが動き出したとき、期待と希望、不安と緊張で胸が一杯だった。

 ずっと、別れた彼女とも仲良しなのが自慢だったけど、よくよく考えてみると、こんなことは自慢ではないのかもしれない。ホントにきちんと向き合って、一生懸命頑張って、それで別れたのなら、2度と会いたいとも思わないのかもしれない。あるいは、仲良しと思っているのは自分だけなのかもしれない。
 頑張るべきときに、頑張らずに逃げ道を残しておくから、中途半端な位置に立ってしまうのかもしれないと思う。だからこそ、別れた彼女と逢っても笑っていられるのかもしれない。

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今年最後の衝撃!!

 今日は忘年会。夕方からなので、午後から帰宅。
 ポストを除くと往復はがきが1通。
「何だろう。」
と思って差出人をチェック。見たことのない苗字の方から。
「誰…?」
と思って裏返してみると、結婚式の2次会の招待状。
「でも、誰から…?」
内容を詳しくチェック。見覚えのある名前を見つける。旧姓を確認。間違いない。昔の彼女が今度、ご結婚らしい。

 その頃は、荒んでたなぁ、と今でも思う。
 中学の頃から付き合っていた子と大学入学後、すぐに別れた。たぶん大学生の自由度に溺れていたのだと思う。時間の自由。行動の自由。そして、与えられた自由という海の中で、泳ぎ方を忘れてしまったようだった。
 その後、何人かの女の子と付き合ったけど、すぐにダメになった。常に比べる対象はその子だった。4年も付き合っていたのに、その子がどんなにいい子だったかようやく気づく。気づくのが遅かった。
 その子は1つ年下だったので、その年は大学入試。春が来るまでは、入試が終わるまでは、何も言うまい、と心に誓う。そして、春がきた。その子と再会。1年間考えてきたことをぶつける。その子は、
「ぁあーっ。」
と呻いた。涙を流しながら。
 今でもそのとき声にならない呻き声は耳に残っている。
 その子は、一緒の予備校にいた俺の同級生(浪人中)と付き合い始めたばかりだった。伝えるのが遅かった。
 その直後に沖縄へダイビングに行くことになっていた。俺は、毎晩、毎晩、浴びるようにビールを飲み続けた。飲んで、吐いて、飲んで。もともとは飲めなかったはずのお酒が、日増しに飲めるようになっていく。
 沖縄から帰ってきてからも、毎日のように自宅で飲み続けた。吐いて、飲んで、吐いて、飲んで。現実世界の痛みを忘れさせてくれるなら、何だってよかったと思う。
 ウイスキーのボトルが2日で1瓶。朝は決まって二日酔い。学校にもいかず、激しい頭痛の中でビールを飲んでバイトへ、という生活が続く。当然、体調が悪くなる。それでも飲む。
 ちょうど、そんな頃に、むちゃくちゃになっていたのを救ってくれた女の子が、今度、結婚することになった件の彼女。
 俺が前の彼女のことを忘れてないことを承知の上で、優しくかまってくれた。今になって思えば、ひどいこともいっぱい言ったし、したと思う。この償いは、どうしようもない。とにかく、謝って許してもらえるようなことではないという実感だけはある。
 しばらく音信普通が続いていたが、昨年、久々に再会。
 六甲山へ夜景を見にいって、車が故障してJAFに牽引されて下山、というトラブルはあったものの、やっぱり彼女は優しく笑ってくれていた。

 とにかく「おめでとう!」を言わなきゃ、と思う。
 今夜は忘年会。あの頃のように、何もかもを忘れるために飲む、ということはなくなったけど、嫌なことがあると、つい飲んでしまうのは悪い癖だと思う今日この頃。今夜は、のんびり美味しいお酒を飲もう。

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クリスマスは労働法で♪

 明日は本年の講義最終日。長いようで短い2006年も残すところあとわずか。そして、今夜はクリスマス。本来であれば、のんびり酒でも飲みながら、彼女と夜景でも見ていたい気分ですが、どうやらそんな余裕はないようです(まずは一緒にいる相手を見つけなければ(汗))。

 明日の講義の予習。先週あたりから労働法の講義は労働組合関係の部分に入っております。労働組合に関する法的問題については、短い会社員生活ではありましたが、実務的な視点から様々な事案をみてきたつもりです。実務の取り扱いが、どのような法解釈あるいは理論的根拠によって基礎付けられているかについて、のんびり考えてみたいと思います。

 それにしても、2006年ももう終わり。ビックリです。独り身期間も高校生以降の最長記録を更新中。何ということか…。もう1年半も独り身。そりゃクリスマスソングの流れるカナートに行きたくなくなり、コンビニ弁当生活になる、と自画自賛(自己嫌悪)?
 しかし、自分自身をきちんと見つめ直さないと、前に進める気がしません。とりあえずはお正月にのんびり酒でも飲んで考えます。大切なことは、心の平安と日常生活の充実であるという点において、たぶん大学生のころから恋愛に対するスタンスは変わってはいないと思いますが(成長してないとも言えます。)。

 過ぎ去りし日の中に、心の平安を求めるようではいけません。時間が止まってしまうからです。過ぎ去りし日の中に、日常生活の充実を求めてはいけません。時間が止まってしまうからです。凍りついた時間の中に、生産的なものは何一つありません。

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フラッシュバック

 テレビで東京の景色が映るたびに、心が締め付けられるような気がする。この時期になると、何となく憂鬱になる。
 昨日、最後に見た映画はなんだったかなぁ、と考えてみた。「千と千尋の神隠し」かなぁ、と思ってしっかり思い出してみました。その後、東京はお台場で、「君に読む物語」を見たのを思い出しました。

 デートと言えば、競馬場しか知らない男が、背伸びしてデートすると、せいぜい映画に行くくらいしか思いつかないのでした。可愛そうな男ですなぁ。
 そういえば、生まれてからほとんどデートなどというものをまじめにしたことがなかったなぁ、と思う。ずっと、自分のことを好きって言ってくれる女の子が横にいてくれて、自分が行きたい、と思うとこに嫌な顔一つせず付き合ってくれた。そう考えると、相手のことを考えずに生きてきたんやなぁ、と実感します。
 けれども、そんな生き方を続けてきた人間は、幅が小さい。自分のことを好きって言ってくれる女の子に愛想をつかされ、独りになった。しばらくして、「いいなぁ。」、と思う女の子が登場しても、どんな風に誘っていいものか、どこへ誘っていいものか、全くわからない。そのことに気づいたときに、愕然とします。よくよく、真面目に生きてこなかったんだなぁ、ということが浮き彫りになる瞬間。いかに彼女に寄りかかって生きてきたのか、ということがわかるのでした。
 そして、そのことに気づいてしまえば、言葉を失ってしまう。何も言えなくなってしまうのです。何も、言葉が出てこないというのは、本当にショッキング。伝えたいことは山ほどあるのに、何も言葉にならない。

 今夜はゆっくりと、酒でも飲もう。

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昼下がりの憂鬱

 朝からものすごい勢いで煙草が減っていく。何をそんなにいらいらすることがあるのか。―知ってる。
 煙が部屋いっぱいに広がって、天井が霞んで見える。

 こっちの世界は、ストレスが多すぎる。それが当たり前のことと知りながら、当然のこととして受け入れきれていない自分がいる。
 長い間、同じような夢を見続けていた。何度も繰り返して見る夢。そのうちに、何が現実で、何が夢なのかわからなくなってくる。
 その呪縛から解き放たれるまで、4年以上かかった。ようやく抜け出せたと思ったら、2カ月と少しで逆戻り。また、繰り返し訪れる気持ちのいい世界にドップリと浸かってしまった。
 そして、2年近くが過ぎた。ようやく浮上の糸口を見つけた。けれども、また、うやむやな世界へと引き戻される。気持ちのいい世界へと。
 居心地がいいこと―知ってる。楽なこと―知ってる。けど、どうしたらいいのか悩むのは、何でだろう?

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CMの曲が…。

 時を越えて君を愛せるか ほんとうに君を守れるか
 空を見て考えてた 君のために 今何ができるか
 (小田和正『たしかなこと』)

 帰宅してテレビをつける。明治安田生命のCM。やわらかく澄んだ声が流れてきた。
 時間が人を狂わせることもあるし、時間が人を傷つけることもある。時間が人を癒すこともある。流れた時間の分だけ辛くなることもあるし、流れた時間の分だけ楽になることもある。

 何かをしようとすれば、それ相応のエネルギーが必要。
 何かに囚われてしまうのは、気持ちのいいことなのかもしれない。けれども、時間が経って、自分に問いかけたとき、後悔しない生き方がしたいと思う。

 「何かをしようと思ったとき、人はもう変われたんだと思います。」
 有名なドラマの中の1台詞。変わろうとするのにもう遅いなんていうことはないと信じるほどロマンティストではないけれども、変わろうとする自分を蔑むほどのリアリストでもない。変わろうとする自分自身をあるがままに受け入れていきたいと思う。

 傷つけることも、傷つけられることも、嫌だと思う。せっかく出来上がった人間関係を壊したくないとも思う。けれども、そんな生き方ができるだろうか、と疑いたくもなる。
 人は、人を傷つけて、人に傷つけられて、人間関係を創って、人間関係を壊して、生きていくものだという当たり前のことに気づけたときに、少しだけ気持ちが楽になった気がした。

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煙草の煙とイライラの日曜日

 また手にする煙草。これで何本目だろうか。ライターで煙草の先にに火を点けながら、考える。目の前に吸殻が山になった灰皿。
 イライラの原因は、知ってる。ただ、どうすることもできないことも、知ってる。

 「フゥッ」と大きく天井に向かって煙を吐き出した。溜め息に似ている。ノドが、痛い。
 今朝、買った煙草が、もうすぐ空になりそうだ。
 1つ、1つ、思い出してみる。どこでボタンを掛け違えてしまったのかを、考えてみる。想い出を、現実へと引きずり出してしまったのは何故だろう、と考えてみる。
 現在と過去が、交錯する。その手の温もりは、現実にそこにあるものであり、また、過去から来たもの。そして、その先に何があるのか、ということは、全くもって明白。その先には、何もない。そのことを、お互いに知ってる。
 お互いに傷つけ合うばかりだったことも、同じ過去の出来事なのに、どうして甘美な想い出だけが、こっちに現れてしまうのか。このまま、しまっておけばよかったのに、と思う。傷つけあうのは、もう嫌だ、とも思う。

 現在の自分自身が、モヤモヤした気持ちを解消できないでいる。一瞬、過去に戻ったような錯覚。そして、幻から醒めた瞬間に溢れる空しさ。ずっと過去の中で過ごせるならば、何も悩むことなどない。けれども、まさに今、ここは現在であって、過去でも未来でもない。幻が醒めたら、そこは、もう昨日の続きの今日でしかない。何年も前からいきなり続きが始まるなんていう、都合のいいことは、決して起こらない。
 流れた時間を飛び越えるほど、エネルギーがないことに気づいたとき、哀しみは最高潮に達する。そして、愕然とする。
 どうしようもない敗北感が、グサッと心に突き刺さる。知っていた。全部、知っていた。始めから全部、知っていた。なのに。なのに、どうして、と思う。何度も、何度も、自問自答を繰り返す。禅問答のように繰り返される。答えなんて出てくるはずがないのに。

 煙草の煙が頭上でユラユラと揺れている。それがちょうどスクリーンになって、いろんなシーンが浮かんでは消える。流れた時間分の映像が終わると、また、始めから。寄せては返す波のように、何度も、何度も。

 また、煙草を銜える。煙が消えてしまう前に。

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邪念

 最近、集中力が続きません。何というか、邪念が一杯です。
 初めて恋をした中学生のように、お勉強が手につかないのです。長い間、恋愛から離れていると、邪念の処理に困ります。
 邪念といっても、性欲というわけでもなく、独占欲というわけでもなく、ただ、一緒の空気を吸っていられれば、それだけで幸せだと思えるような、そんな気持ちです。こんなのは何年振りでしょうか。物理的な、あるいは精神的な距離とか、あんまり関係ないんですね。気分の問題です。
 自分自身に何度も問いかけます。
 「どうすればよいか。」
 いろんなことが、頭の中をグルグル、グルグルと回ります。

 初めて出逢ったその日から…、なんてドラマチックな展開でもなく、かといって、何かスペシャルな出来事が起こったわけでもありません。流れる時間の中で、少しずつ、少しずつ、それはまるで、グラスの中でバーボンに大きな氷が溶かされるように、やんわりと広がっていく気持ちなのでした。

 相変わらず病んでいるなぁ、と自分でも思います。確かに、中学校3年生のときに初めて彼女ができた頃と、大して変わっていないのかもしれません。時間が止まっているみたいに成長のない自分自身に、少し凹みます。
 でも、今夜は飲まずにお勉強しなければ。明日の我が身の糧を得るべく、日々是精進。

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覚醒!!

 フラれたということに気付けないほど、感性が鈍ってしまったのか。

 一緒に酒も飲むし、メールすれば返事も返ってくる。それ故に、まだ望みがあると信じてやまない。けれども、その実体は、適当にあしらわれているだけ。

 こんなこと、ありませんか?自分は、最近、特によく思います。

 どうして振り向いてくれないのかを考える前に、どうしたら振り向かせられるかを考えてみる。そして、そのとき衝撃的な事実に気付くのです。当たり前じゃん!!
 「だって俺だよ。」
 そう。自分が自分自身であることを知ったときが大変です。夢の国で淡い恋の夢を見ていたのが、一瞬で醒めてしまう瞬間です。

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成長しろよっ!!

 中3の春、初めて告白された日の記憶が、今でも鮮明に残っている。
 消せない記憶を想い出と呼ぶならば、まさに想い出だと思う。あれからもう干支が一回りしている。その間、いろんなことがあったと、自分でも思う。

 先日やってきた昔々の彼女が、後日、電話で「あんた、あの頃とまったく変わってへん!!」と怒っていた。自分では成長したつもりだが、どうやら成長していなかったらしい。怒られてから、何となく凹んでいる今日この頃。とりわけ、鴨川沿いを自転車で走ると、その子と付き合っていた6年前にタイムスリップしたような錯覚に見舞われる。
 傷つけたこと―――知ってる。
 一杯、ひどいことをしたこと―――知ってる。
 そうやって感傷的になると、どうもアルコールが恋しくなる。秋の風は、人を感傷的にさせるのかもしれない、などと勝手なことを考えながら、コップに氷と焼酎を入れる。
 何度も、何度も焼酎を注ぎ足す。そんな日に限ってアルコールの回りが悪い。

 「成長してない、かぁ」
と独りの部屋でつぶやいてみる。
 少し、呂律が回らなくなってきている。それなのに、妙に頭の中はスッキリしてくる。独りでフラフラになるまで飲むのは久しぶりかもしれない。何かダメージがあると、すぐに酒を飲むのはあの頃からの悪い癖だ。
 煙草に火を点けた。大きく煙を吸い込んで、天井に向かって吐き出す。

 いろんなものを見てきた。いろんなことをしてきた。喜んで、怒って、哀しんで、楽しんで、この28年を生きてきた…はず。以前より穏やかになったつもりなのに。
 傷つけあうばっかり。貴女が傷ついたように、俺も傷ついていた。お互いにそのことに気付けなかったから、別々に歩くことになった。6年が経って再会しても、何も変わってなかったということか。まぁ、人間なんて、そんなに簡単に変わらない、ということか。

 コップの回りに付いた水滴が、蛍光灯の光を反射している。
 コトッ。
 小さな音を立てて、コップの中の氷が崩れた。

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5年ぶりの再会

 きっと逢わなければ、何も感じることもなかったのに。そう思う。
 5年ぶり。ひどく傷つけてしまった相手と再会。あった瞬間に殴られても文句は言えないのに、ずっと笑ってた。何でだろう。
 騙すつもりなんてまったくなかった。ただ、一緒にいられた時間が安らかだった日々。
 再開はアルコールの海の中。もっともっと謝らないといけないはずなのに。上手く言えない。とりあえず、乾杯。再会に乾杯。
 出逢った頃のようにときめくのは難しい。

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振り向けば・・・

 夕暮れ、秋風に吹かれながら、自転車を漕ぐ。
 鴨川から流れてくる風の匂いが、切ない気持ちを増幅する。
 気が付けば、また・・・。

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耳に残る歌

 最近、プリプリの「M」が耳に残って離れません。

 いつも一緒にいたかった。隣で笑ってたかった。

 こんなに好きやと思ってるのに、伝えられない、伝わらない。遠く、遠くの空の下、同じ太陽を、同じ月を、きっと見ているはずなのに。

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長い間

 独りの時間が長くなると、いろんなことを忘れてしまいます。
惚れた!と思っても、口説き方を忘れてしまうと、何にも言葉が出てこなくなってしまうものです。
 今はただ、次の機会を待つことにします。

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夢にまで見る日

 最近、元カノの夢をよく見ます。
 彼女はウエディングドレスに身を包み、遠くで笑っています。
 でも、決して声が届くことはないし、それに、隣には見たことのない男がタキシードを着て立っているのです。いったい何なんでしょうね。
 普段の生活ではあまり気にならなくなってきたのに、夢でこんなめに遭うなんて、と、最近、参っています。

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好きだと思うことを伝えられない苦悩

 どんな好きやと思っても、うまく伝えられないことがある。
 現状がいい関係だと、それがだめになってしまいそうで怖い。何度も、何度も夢を見る。ギクシャクとした人間関係が怖い。
 何かきっかけを、と思う。けれども見つからない。そんなものはないのかもしれない。足りないものは、勇気だけなのかも。

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いい関係

 今月末、5年振りにずーっと前の元カノが登場します。サークルのOB会に登場するのです。気が付けばお互いに年をとったと思います。もはや時間が経って、お互い、未練などなく、笑って酒を飲めるということは、すごいことだと思います。ひどい別れ方をしたのに、その後、しばらくして、酔っ払って連絡したら、笑って対応してくれた彼女に感謝です。彼女のその優しさが、今の2人のいい関係を保たせているんだと思います。
 過去の自らの罪に対する懺悔の意味を込めて、彼女が好きなレア焼酎をネットで購入しておきました。一緒に飲む機会がなければ、お土産に持たせてあげようと思います。でも、一升瓶は重いかなぁ…。

 何度も、何度も、傷つけて、傷つけられて、それでも人は人を好きになることをやめない。不思議だなぁ、と思います。でも、だからこそ素晴らしいと思います。

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見つけたのに

 せっかく「いいな」、と思う女性を見つけても、長い間独りでいると、どんな風に話せばいいのかすらわからなくなってしまいます。「好きだと思う気持ちだけで頑張れる年齢でもない」、と自分自身が引き気味な毎日。歯車がどこかで狂ってしまっただけなのかもしれません。
 恋に恋をするほど若くはないし、これまでにもそれなりにいろんな恋愛をしてきたはずなのに、まるで記憶喪失になったように、何も思い出せません。どんな話をしたらいいのか。どんな風にデートに誘えばいいのか。どんなところでデートすればいいのか。恋愛の仕方を忘れてしまっています。
 気が付けば、もうすぐ2回目の一人ぼっちのクリスマス。何とか前に進めるように、いろんなことにチャレンジしていこうと思います。

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遠くで想っていること

 もう1年半以上の時間が過ぎたのに、未だに街行く人の後姿が別れた彼女に見えるときがあります。結局、未練がましいのは男ばかりなのか。
 こんなにも想っているのに、伝えることすら許されぬもどかしさ。たまに来るメールを見て、元気でいるならそれでいいや、と思ったりもするけれど、やっぱり傍にいたい。これまでも何度もそういう思いをしてきたし、何年も引きずってきたこともあった。時間だけが、癒しをもたらすと言うけれども、それは本当なのだろうか。
 一緒にいた時間の方が、別れてからの時間より長くなる。それでもこんな気持ちなのは、何故か。まったくもってよくわからない。
 傷つくことなんて怖くないけれど、傷つけることは何よりも怖い。

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